2022年10月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第20話 タチウオ ~ 鱗のない魚
■「太刀魚」は「立ち魚」?
夜の海中で、細長い「つま楊枝」のような魚に出会いました。全長は2.5cm。実はこれ、食用魚としておなじみのタチウオ(Trichiurus lepturus)の子どもです。
まだ小さいので泳ぐ力が弱く、オキアミ類やヤムシ類などの動物プランクトンと一緒に、海中をフワフワと漂うように泳いでいました。
タチウオは、スズキ目タチウオ科の魚で、北海道以南の国内各地や東シナ海、黄海などに分布しています。漢字で「太刀魚(たちうお)」と書くように、成長すると銀色に輝く刀のような姿になります。
体を垂直にして「立ち泳ぎ」をする習性があるため、和名の由来は「立ち魚」だとする説もあります。
私の目の前に現れた子どものタチウオも、ときおり体をピンと立てて「立ち泳ぎ」の姿勢を見せてくれました。
■大きな個体は全長1.5m超に
はじめは小さなタチウオの子どもも、年を重ねるにつれて立派なサイズになります。1歳で全長50センチ、4歳で1メートルを超すという報告があり、特に大きな個体は全長1.5メートル以上になります。
味の良い白身魚で、刺身や焼き魚、ムニエルなど様々に調理され、釣りの対象としても人気がある魚です。
タチウオの尾は糸状で尾びれはなく、腹びれもありません。そして、背びれの色は透明です。鮮魚店などでたまに、背びれが薄い黄色の個体を見かけますが、これは、和歌山県以南に生息するテンジクタチ(Trichiurus sp.)という別種の魚です。
■金属光沢をもたらす「グアニン」
タチウオは「鱗のない魚」でもあります。体の表面が銀色に輝くのは、グアニン(guanine) という物質に覆われているためです。
タチウオの体を手で強くつかむと、銀色の極めて薄い膜が指先にくっつきます。これは「タチ箔(はく)」といい、かつては模造真珠の材料に使われたこともありました。キラキラとした金属光沢があるため、マニキュアに含まれるラメの原料として使うこともできるそうです。
■水族館であまり見ない訳は・・・
ところでこのタチウオ、水族館で見かける機会が少ない魚です。水槽で飼育する際の難易度の高さが、その大きな理由です。
鱗がないため、体に傷がつきやすく、傷口から雑菌が入ると化膿して衰弱してしまいます。また、タチウオ以外の魚と一緒の水槽に入れてしまうと、ほかの魚と体がぶつかって怪我をする心配もあります。
そんなタチウオですが、サンシャイン水族館(東京都豊島区)では、期間を限定して一般公開する取り組みを続けています。
■夜間に釣りで採集
サンシャイン水族館で展示しているタチウオは、水族館のスタッフが静岡県沼津市沖の駿河湾や観音崎沖の東京湾などで捕獲したものです。日中は深い場所にいて、夜に水深10メートルほどまで上がってくるため、主に夜釣りで採集します。エサはサンマの切り身などを使います。
捕獲は、釣り船をチャーターして5~7人のチームで行います。使用する釣り針にはもともと、魚の口に刺さった時に抜けにくくする「かえし」という突起があります。しかし、タチウオにできるだけ傷をつけたくないので、釣り針は「かえし」の部分をつぶしたものを用意します。
サンシャイン水族館でタチウオの飼育を担当する三田優治さんは「釣り上げてから時間がたつと、釣り針による傷口が広がって弱ってしまう。そうならないように、釣ってから数秒のうちに、パッと針を外す必要がある」と話します。
■専用の器具を使って注意深く運ぶ
船上で釣り針を外したタチウオは、直径約1メートルのプラスチック製の樽に、すばやく移します。そして、沖合から港へ戻ると、すぐに活魚車に移すのですが、このとき活躍するのが大型のビニールタモ網(通称「ビニダモ」)です。幅は90センチほど。塩ビのパイプとポリ袋で手作りした、いわばタチウオのための「担架」です。
ふつうのタモ網を使ってタチウオを運ぶと、タチウオの体が網の繊維とこすれ合って、傷ができてしまいます。でも、専用のビニダモに入れて海水ごと運べば、傷ができるリスクを減らすことができるのです。
■苦労して飼育
タチウオの口の中には、鋭い歯がびっしりと並んでいます。このため、生きたタチウオを扱う際には、指先などを咬まれないように注意が必要です。実際、三田さんは、飼育用に捕獲したタチウオに人差し指の付け根をかまれたことがあり、包丁で切られたように皮膚がスパッと切れて血が出たそうです。
でも、飼育担当者が最も苦労するのはやはり、捕獲したタチウオをいかに元気に長く飼い続けるかという点です。
釣りの際にはサンマなどの切り身に食いつくタチウオですが、水槽で飼育中は魚の切り身を与えても、なかなか食べてくれません。そこで、サンシャイン水族館では、カタクチイワシや小型のエビなどの生き餌を与えています。
水槽の中で、背びれをヒラヒラと波打たせて優雅に泳ぐタチウオたち。多い時期には、全長60~90センチの個体が30匹ほど同時に泳ぐ姿を見ることができます。
今年は6月中旬から水槽での展示を始めており、12月ごろまで続ける予定といいます。
三田さんは「タチウオの魅力は、体表の美しい輝きにあります。体に光が当たってキラッと光る様子を、ぜひ見に来てください」と話しています。
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。