2021年12月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第10話 クロマグロの絶滅リスクは?
■海のダイヤ、最高値は1匹で3億円超え
寿司ダネや刺身用に人気が高いクロマグロ(Thunnus orientalis)。太平洋に分布し、大きなものは体長3メートル、体重400キロを超します。かつては洋の東西を問わず同じ種類が生息すると考えられていましたが、大西洋や地中海に分布するものは姿がそっくりでも別種と判明し、現在はタイセイヨウクロマグロ(Thunnus thynnus)と呼び分けられています。
どちらも「本マグロ」と呼ばれて流通しますが、国内での消費量(2018年)は太平洋が28413トン、大西洋が3265トンと、その比率はほぼ9:1です。
そんなわけで、日本の海に分布する種については、正式な名前(標準和名)である「クロマグロ」という呼び方のほかに、混乱を避けるためにあえて「太平洋クロマグロ」と表記されることもあります。
クロマグロは、その値段の高さから「海のダイヤ」とも呼ばれます。青森県・大間産のクロマグロは特に人気が高く、2013年に当時の築地市場(東京都中央区)の初競りで1匹に1億5540万円の値がついて話題になりました。その後、豊洲市場(東京都江東区)では2019年に史上最高の3億3360万円という値がつき、2020年には1億9320万円で取引されました。
世界自然保護基金(WWF)ジャパンの推計では、日本はクロマグロの76%を消費する「最大の消費国」です。
■小型魚の獲りすぎが問題に
クロマグロは乱獲で数が減ってしまった代表的な魚のひとつです。親魚の資源量は、1960年代初めには推定で15万トン前後ありましたが、2010年には約1万トンにまで激減しました。
こうした状況を受けて、国際自然保護連合(IUCN)は2014年、絶滅の恐れがある動植物をまとめた「レッドリスト」で、クロマグロを「絶滅危惧Ⅱ類」(VU)に指定しました。クロマグロの骨は縄文時代の貝塚からも見つかっており、日本では昔から食べられてきた魚です。そんな魚が‘絶滅危惧種’になってしまったことに、ショックを受けた人も多かったと思います。
クロマグロの絶滅リスクを高めた大きな要因として問題視されたのは、大きく成長する前の小型魚(未成魚)が大量に漁獲されてきたという事実です。
こうした中、日本などが加盟する「中西部太平洋まぐろ類委員会」(WCPFC)は2015年から、30キロ未満の小型魚の漁獲量を02~04年の平均の半分に減らす規制をスタートしました。
日本国内でも、漁獲を規制するさまざまなルール作りが進み、国は2018年から、魚種ごとに年間の漁獲可能量を決める「TAC」制度で、クロマグロを法律に基づく規制の対象に加えました。
このように、国内外でクロマグロを対象とした漁獲規制の努力が続けられる中、IUCNは今年9月にレッドリストの見直しを行いました。最新の評価でクロマグロは、これまでよりも絶滅のリスクが低い「準絶滅危惧種」(NT)となり、深刻度のレベルが一段階引き下げられました。
■「絶滅危惧種」ではなくなったけれど・・・
今回のレッドリストの見直しによって、クロマグロは「絶滅危惧種」ではなくなりました。ただ、これでもう安心というわけではありません。
一時期よりも改善したとはいえ、クロマグロの親魚の資源量(2018年)は、漁業が始まる前の「初期資源量」と比べると、推計でわずか4・5%という低い水準です。今後も漁獲規制をしっかりと続けていく必要があると思います。
そして、クロマグロの将来を考えるとき、もう一つ心配なことがあります。それは、「海の温暖化」に伴う海水温の上昇です。
クロマグロの成魚には様々な水温条件に耐えられる強さがあるのですが、赤ちゃん(仔魚)のときは意外に弱いからです。孵化した直後のクロマグロの仔魚を、様々な温度条件の水槽で飼育して生残率を調べた実験では、成育に適した水温は24~28℃の範囲に限られていることが示されています。60時間後の生残率でみると、成育に最も適した水温26℃の条件では70%程度の個体が生き残ったのに対し、それより3℃高い水温29℃の条件では、ほとんどの個体が死滅したのです。
こうしたデータをもとに、東京大学大学院新領域創成科学研究科・大気海洋研究所の木村伸吾教授らは、このまま地球温暖化が進んだ場合、たとえ親魚が産卵しても仔魚がほとんど成育できなくなり、資源量の減少につながる可能性があると指摘しています。
たとえ乱獲の問題が解決したとしても、気候変動の影響も考え合わせると、クロマグロの未来はなかなか厳しいと言えそうです。
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長などを経て2020年から朝日学生新聞社編集委員。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。