山本智之の「海の生きもの便り」

2024年3月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第37話 世界最小のイカ

海藻の表面に付着した ヒメイカ( Idiosepius paradoxus )静岡県・伊豆半島で、山本智之撮影

海藻の表面に付着したヒメイカ( Idiosepius paradoxus )=静岡県・伊豆半島で、山本智之撮影

■イカは世界に約500種

 イカの仲間は、世界の海に約500種が生息しています。その中で、最も体が小さいのは「ヒメイカ属」というグループのイカです。

 ヒメイカ属には、ホンヒメイカ(Idiosepius pygmaeus)やシャムヒメイカ(Idiosepius thailandicus)など複数の種が含まれます。このうち、日本の海に広く分布するヒメイカ(Idiosepius paradoxus)の場合、「外套長(がいとうちょう)」は1.6cmほど。小指の先くらいのサイズの、とても可愛いイカです。

イカのサイズを示す「外套長」の図

 

 「外套長」というのは、イカの体のうち、腕や頭部を除いた胴の部分(外套膜)の長さです。イカの腕は伸縮によってサイズが変化します。特に、エサを捕まえるのに使う「触腕(しょくわん)」は、種類によっては非常に長く伸びます。このため、全長とは別に、外套長(ML:mantle length)によってサイズの表記が行われています。

■ダイオウイカとの体格差は100倍以上

 世界最小のイカに比べて、非常に有名なのが最大種のダイオウイカ(Architeuthis dux)です。
たとえば日本海の沿岸では、外套長が1.8mのダイオウイカが漂着した記録があります。ヒメイカの外套長と比べると、そのサイズはなんと100倍以上! 同じ日本の海にすむイカなのに、種類によってサイズにこれほど極端な差があるのです。生物進化の不思議さを、感じずにはいられません。

ダイオウイカ(所蔵・観音崎自然博物館)=山本 智之撮影

ダイオウイカ(所蔵・観音崎自然博物館)=山本智之撮影

 ギネス世界記録によると、ダイオウイカの中でも特に大きな個体は外套長が2.25mにもなり、ヒメイカとの体格差はさらに広がります。ダイオウイカは、伝説の魔物「クラーケン」のモデルになったとも言われる巨大生物で、最大の個体は全長が16mを超すとの説もあります。確実なデータとしては、1966年に大西洋のバハマ沖で捕獲された個体の全長14.3mという記録が挙げられます。

 ちなみに、腕も含めた体の長さではダイオウイカが世界一ですが、重さでは南極海の深海に生息するダイオウホウズキイカ(Mesonychoteuthis hamiltoni)が一番で、その体重は495kgに達します。

■ペタッと貼りつく体

 巨大なダイオウイカは深海に生息し、めったにお目にかかれない生物なので、海岸に打ち上がるとニュースになります。一方、ヒメイカは浅い海にすんでいて、ダイビングでごく普通に出会うことができます。

 冒頭の写真は静岡県・伊豆半島の富戸で撮影したヒメイカです。全長は2cm 余り。水深13mの砂地で、海藻の表面に付着していました。ヒメイカの‘特技’は、体の表面にある「粘着細胞」で、海藻や海草にペタッと貼りつくことです。

■新種のヒメイカ類、沖縄の海で発見

 2023年10月、沖縄本島の沿岸でヒメイカ科の新種を2種発見したと、沖縄科学技術大学院大学(OIST)などの研究チームが発表しました。科学誌「Marine Biology」に論文が掲載されました。

2023年10月に新種記載された「リュ ウキュウヒメイカ」=OIST提供

2023年10月に新種記載された「リュウキュウヒメイカ」=OIST提供

 このうちの1種「リュウキュウヒメイカ」(Idiosepius kijimuna)は、主に浅瀬の藻場に生息し、海草や海藻にくっついて暮らしています。学名のうち、種小名の「kijimuna」は、沖縄でガジュマルの木に住むと言い伝えられている精霊「キジムナー」にちなんで命名されました。

リュウキュウヒメイカ=OIST提供

リュウキュウヒメイカ=OIST提供

 リュウキュウヒメイカは、沖縄本島から西表島にかけての海域で生息が確認されました。ただ、姿が見られるのは冬の時期だけ。夏にどこで暮らしているのかは、まだ分かっていません。体の特徴に加えてDNAの解析でも、ヒメイカ属の既知の種とは異なることが判明し、新種として記載されました。

■「柔術」使いも登場

 今回発表されたもう1種の新種は、「ツノヒメイカ」(Kodama jujutsu)です。南西諸島のごく浅い海域で分布が確認されました。

 ヒメイカ科のイカですが、DNA解析で既知の種とは大きく異なることが確認されたため、「Kodama 属」という新たな属に分類することが提唱されました。この新たな属名は、古木に住むとされる丸顔の精霊「木霊(こだま)」にちなんだものです。

 また、種小名の「jujutsu」は「柔術」のこと。ツノヒメイカは、その小さな腕を使って自分の体よりも大きなエビを捕まえて食べます。その様子を、大きな相手でも巧みな技で組み伏せる「柔術」にたとえたのです。

新種記載された「ツノヒメイカ」=O IST提供

新種記載された「ツノヒメイカ」=OIST提供

■生息海域の保全が課題に

 研究チームのメンバーで、OIST海洋気候変動ユニット技術員のジェフリー・ジョリーさんは、米国フロリダ州の出身で、2016年からOISTで研究に携わっています。

 ジェフリーさんは「楽しみながらやって来た研究が成果としてまとまり、とてもうれしい。新たな種を発見し、世界のみなさんに報告できたことに喜びを感じる」と語ります。

 発見されたヒメイカ科の新種2種のうち、リュウキュウヒメイカは主に浅瀬の海草藻場に、ツノヒメイカは主にサンゴ礁に生息しています。ただ、こうした「浅海域」は、人間活動による悪影響をとても受けやすい場所でもあります。

 ジェフリーさんは「沿岸の開発や埋め立ては、今回見つかったイカたちにとって脅威となる。また、地球温暖化によってサンゴの白化が進めば、サンゴ礁の生態系が衰退し、イカたちのすみかが脅かされる心配がある」と話しています。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之氏

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。X(ツイッター)は@yamamoto92