山本智之の「海の生きもの便り」

2024年10月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第44話 ホヤとは何者か?


海底の岩に付着して暮らすアカボヤ=山本智之撮影

海底の岩に付着して暮らすアカボヤ=山本智之撮影

■ホヤは世界に約3000種

 独特の風味があり、酒の肴としても人気のある「ホヤ」。ダイビングをしていると、海底の岩に付着した野生のホヤを見かけることもあります。長谷川尚弘・広島修道大学助教によると、ホヤは世界で約3000種、日本の海だけで約300種が知られています。

 ホヤを食べる習慣があるのは、日本や韓国のほかフランスや南米のチリなど。国内で食用種としておなじみなのは、「マボヤ」(Halocynthia roretzi )と「アカボヤ」(Halocynthia aurantium)の2種です。マボヤは「海のパイナップル」と呼ばれることもあります。でも、ホヤは植物ではなく動物です。「ホヤ貝」という通称もありますが、分類上は貝の仲間でもありません。

食用のホヤ。上段はマボヤとその乾燥珍味、下段はアカボヤとその酢の物=山本智之撮影

食用のホヤ。上段はマボヤとその乾燥珍味、下段はアカボヤとその酢の物=山本智之撮影

■「単体」と「群体」の2タイプがある

 ホヤは大きく2つのタイプに分かれます。一つは、「マボヤ」や「アカボヤ」のように個体ごとに生活する「単体ボヤ」。もう一つのタイプは、小さな個虫が集まって群体を作る「群体ボヤ」です。

群体ボヤの一種「パンダツツボヤ」(Clavelina viola)=ブルーライン田後提供

群体ボヤの一種「パンダツツボヤ」(Clavelina viola)=ブルーライン田後提供

 ホヤは全ての種が、オスとメスを兼ね備えた「雌雄同体」です。体の中に、卵巣と精巣の両方を持ちます。有性生殖を行う際には、海水中に放卵・放精をします。ただ、自分の卵と精子が受精する「自家受精」は多くの場合、起きないとされています。基本的には、異なる遺伝子の卵と精子が出会うことで、受精卵ができるしくみになっています。

単体ボヤの一種「エボヤ」(Styela clava)=ブルーライン田後提供

単体ボヤの一種「エボヤ」(Styela clava)=ブルーライン田後提供

 「単体ボヤ」は、このような有性生殖によってのみ、子孫を残します。これに対して、「群体ボヤ」は有性生殖だけでなく、無性生殖によっても、自らのクローンを増やすことができます。具体的には、群体ボヤの個虫から、まず「芽体(がたい)」という芽が生え、これが新しい個虫へと成長します。

群体ボヤの一種「ミサキマメイタボヤ」(Polyandrocarpa misakiensis)=ブルーライン田後提供

群体ボヤの一種「ミサキマメイタボヤ」(Polyandrocarpa misakiensis)=ブルーライン田後提供

 長谷川さんは「世界のホヤの種数のうち、単体ボヤと群体ボヤの割合は、ほぼ半分ずつ」と話します。

■基本は「フィルター食」だが肉食の種も

 ホヤの体には、海水を吸い込む「入水孔」と海水を排出する「出水孔」があります。体内に吸い込んだ海水に含まれるプランクトンなどを、「鰓嚢(さいのう)」というフィルターで濾し取って食べるしくみです。

 鰓囊には、「繊毛(せんもう)」と呼ばれる細かい毛がびっしり生えています。この繊毛を動かすことで、水流を発生させ、海水とともにエサを吸い込んでいるのです。

 ホヤの体には、私たち人間と同じように食道や胃、腸、肛門があります。ホヤの糞は、海水とともに出水孔から外へ排出されます。

 このように、ホヤの生活は「濾過食」が基本なのですが、深海にすむオオグチボヤ(Megalodicopia hians)のように、小型の甲殻類なども丸呑みにして食べる「肉食性」のものもいます。

深海にすむ肉食性の「オオグチボヤ」=福島県いわき市のアクアマリンふくしまで、山本智之撮影

深海にすむ肉食性の「オオグチボヤ」=福島県いわき市のアクアマリンふくしまで、山本智之撮影

 ホヤは、ごく浅い海から8000mを超す深海まで、幅広い環境に適応しています。汽水域にすむものも一部いますが、ほとんどの種が海に生息しています。そして、なぜか淡水の川や湖には全く見られません。

■実は「人間に近い動物」です

 動物なのに、じっと動かない――。ホヤは、どこか正体不明な感じがする生き物です。そして、シンプルな形のせいか、あまり高等な動物という印象は受けません。ところが分類上は、「私たち人間に最も近い無脊椎動物」とされています。一体どういうことなのでしょうか。

 ホヤの幼生を見ると、そのナゾが解けます。オタマジャクシによく似た形をしており、尾を振って泳ぎ回るのです。岩の上でじっと動かないホヤの成体とは対照的に、幼生はとても活発です。

カタマリムラボヤ(Syncarpa composita)の幼生。全長は約3mm=長谷川尚弘・広島修道大学助教提供

カタマリムラボヤ(Syncarpa composita)の幼生。全長は約3mm=長谷川尚弘・広島修道大学助教提供

 ホヤの幼生は、尾の部分に「脊索(せきさく)」があります。脊索とは、体の軸となる柱状の軟らかい組織のことです。これは、「脊索動物(せきさくどうぶつ)」というグループの特徴を示しています。

■人間と同じ「脊索動物」のメンバー

 そして、この脊索動物には、私たち人間も含まれているのです。脊索動物は、その下位に3つのグループがあり、そこに属する生物はそれぞれ次の表のようになっています。

脊索動物の表

 脊索動物の中でも、私たち人間や魚などは「脊椎(せきつい)動物」というグループです。一方、ホヤは「尾索(びさく)動物」、ナメクジウオは「頭索(とうさく)動物」に属します。

 ホヤは幼生の時期だけ脊索を持ち、成体では退化します。これに対し、ナメクジウオは成体になっても脊索を持ち続けます。私たち人間を含む脊椎動物は、発生の過程でまず脊索ができ、そのまわりに骨ができて脊椎となります。

 昔は体の形をもとに研究が行われていたため、ナメクジウオなどの頭索動物こそが、脊椎動物に最も近いグループだと考えられていました。ところが近年、分子系統解析の研究が進められた結果、実際にはナメクジウオよりもホヤなどの尾索動物のほうが、人間を含む脊椎動物により近縁なグループであると判明したのです。

■すっかり姿が変わる「変態」

 卵からふ化したホヤのオタマジャクシ型幼生は、海底に住みやすそうな場所を見つけると、そこへ付着します。すると、あのホヤらしい独特な姿への「変態」が始まります。

 体の形が大きく変化し、尾は無くなります。こうして、幼生のときにあった「脊索」も消えてしまいます。そして、海水を出し入れするための穴である「入水孔」や「出水孔」が形成されます。

シロボヤ(Styela plicata)。2つの穴は「入水孔」と「出水孔」=山本智之撮影

シロボヤ(Styela plicata)。2つの穴は「入水孔」と「出水孔」=山本智之撮影

■成長すると脳が退化する!

 つまり、もともとは海中を泳ぎ回れるのに、進化の過程でその能力を捨て、海底でじっと動かない暮らしを選んだ動物が、ホヤなのです。

 幼生時代のホヤは、私たち人間と同じように、頭部に「脳」があります。ところが、海底に付着して変態すると、脳は退化し、その大部分は体に吸収されて無くなってしまいます。このため、成体のホヤには、「神経複合体」という小さな神経の塊しか残っていません。

■これからも続くホヤの研究

 このように、驚くべき進化を遂げたホヤですが、最近も新種が見つかっています。沖縄県・久米島の海から報告された新種のホヤは、その奇妙な姿が話題になりました。長谷川さんが2024年2月に論文に発表した群体ボヤの一種「ガイコツパンダホヤ」(Clavelina ossipandae)です。ジャイアントパンダの顔のような模様があり、体内の白い血管が「あばら骨」のように透けて見えます。

ガイコツパンダホヤ=長谷川尚弘・広島修道大学助教提供

ガイコツパンダホヤ=長谷川尚弘・広島修道大学助教提供

 これからもホヤの研究を続けるという長谷川さん。「いつか日本の海に生息するホヤの図鑑を作りたい」と話しています。

新刊のご案内

■『ふしぎ?なるほど! 海の生き物図鑑』 山本智之 著

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『ふしぎ?なるほど!海の生き物図鑑』山本智之 著

 科学ジャーナリストとして海洋生物の取材を続ける著者のウェブ連載を書籍化。進化のふしぎ、新種の発見、深海の謎、光る生物をキーワードに、激レア生物「アミダコ」や、怪魚「ヨコヅナイワシ」、深海のエイリアン「タルマワシ」など、21のトピックを、最新の科学研究の成果も交えながら、魅力的な写真と共にお届けします。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之氏

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992 年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999~2000年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。著書に『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)ほか。X(ツイッター)は@yamamoto92