山本智之の「海の生きもの便り」

2021年8月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第6話 「深海のエイリアン」と呼ばれるタルマワシ

アシナガタルマワシのメス

タルマワシ類の一種「アシナガタルマワシ」のメス=山本智之撮影

■不気味なあの生命体にそっくり?

 深海のエイリアン――。そう呼ばれる生物がいます。海中を漂って暮らすタルマワシ類です。その姿をよく見ると、たしかにSF映画『エイリアン』に出てくる、あの不気味で謎に包まれた生命体によく似ています。
 夜の海で出くわすと、まず目に入るのは、暗黒の世界を漂う小さな宇宙船のような「樽(たる)」です。
 樽は透明で、その中に入っているタルマワシの体もまた透明です。
 エビに似た体つきですが、分類上は別グループの生き物です。甲殻類の中でもエビやカニは「十脚目」ですが、タルマワシ類は「端脚目(たんきゃくもく)」というグループに属します。
 端脚目の大部分を占めているのはヨコエビ類で、その中には水深が1万メートルを超し、世界一深い海として知られるマリアナ海溝で採集された「カイコウオオソコエビ」なども含まれます。カマキリのような姿をしていて、浅い海の海藻上などでみられる「ワレカラ類」も端脚目です。
 淡水や潮だまりから超深海まで、端脚目はさまざまな場所に生息しています。

アシナガタルマワシ

アシナガタルマワシ=山本智之撮影

■世界の海に11種が生息

 タルマワシの仲間は世界中の外洋に広く分布しています。ただ、深海にしか生息しないわけではなく、外洋の深海と表層を行き来して暮らしているようです。
 広島大学准教授の若林香織さんによると、タルマワシ科には世界で11種が知られており、日本の海には少なくとも7種が生息しています。このうち、和名がついているのは5種。学名しかない種がいることからも、このグループの研究がまだまだ進んでいないことが分かります。
 和名のある5種は、タルマワシ属の「オオタルマワシ」「アシナガタルマワシ」「タンソクタルマワシ」「ハラナガタルマワシ」、そして、タルマワシモドキ属の「タルマワシモドキ」です。
 タルマワシ類は、水中ライトの光に集まる性質があります。私は、静岡県・伊豆半島の大瀬崎で、水中ライトを海底に設置する「ライトトラップ」のダイビングに参加し、タルマワシ類の写真をたくさん撮ることができました。
 大瀬崎では、黒潮系の外洋の潮が湾内に入ってくると、ほかの外洋性・深海性の生物とともに、タルマワシ類の姿を多く見ることができます。

まだ和名のないタルマワシ類

まだ和名がつけられていないタルマワシ類。学名はPhronima solitaria=山本智之撮影

■ほかの生物を襲い、自分の「家」にしてしまう

 タルマワシ類の主なエサは、サルパやクダクラゲです。しかし、ただ食べるだけでなく、それらのエサ生物の体を外壁を残してくりぬき、自分が住むための「家」に作りかえてしまいます。この家こそが、透明な「樽」です。
 どんな生物を利用して樽を作るかは、タルマワシの種類によって異なります。
 たとえば、オオタルマワシはサルパやヒカリボヤ、アシナガタルマワシはサルパを使って樽を作ります。一方、タンソクタルマワシはクダクラゲの泳鐘部を樽の材料に使います。
 これらのエサ生物は、「透明なゼラチン状の動物プランクトン」であるという点では共通していますが、その分類上の位置づけは天と地ほど違います。
 クダクラゲが刺胞動物なのに対し、サルパは尾索動物で、分類上はクラゲよりも人間に近い生き物です。最近の研究によると、タルマワシ類はもともとサルパを樽として使っていましたが、進化の過程でその一部がクダクラゲも利用するようになったと考えられています。
 タルマワシ類には雌雄の別があります。たとえば、アシナガタルマワシの場合、オスはメスに比べて二本の触角がとても大きく目立つため、雌雄を見分ける際のポイントになります。
 いまのところ、繁殖のためにオスとメスがどこで出会うのかはナゾとされています。ただ、同じ樽の中にオスとメスが1匹ずつ入っている写真をダイバーが撮影しており、若林さんは「もしかすると、オスとメスは樽の中で出会っているのかもしれません」と話します。
 メスの胸には「育房(いくぼう)」という器官があり、ここで卵を育てます。これは、タルマワシ科を含むフクロエビ上目に共通した特徴です。
 発育し、育房から出てきた幼体は、すぐに海に出ていくわけではありません。しばらくの期間、樽の内側にとどまり、親とほぼ同様の姿になってから海中へ泳ぎ出します。つまり、タルマワシの樽は、「保育の場所」として使われているのです。
 樽の中ですごす幼体は、樽の一部をエサとして食べて育ちます。そういう意味では、樽は住居と食物を兼ねた「お菓子の家」のような存在でもあります。そのほかに、親が外で狩りをしてサルパやクラゲなどのエサをつかまえ、樽の中に引き入れて子どもたちに食事として与えることもあるといいます。

樽から体がはみ出した状態で泳いでいる個体

樽から体が大きくはみ出したまま泳ぐアシナガタルマワシのメス。白い部分は「育房」の卵=山本智之撮影

■ダイバーの観察眼に研究者は期待

 「ダイバーが撮影したタルマワシ類の写真の中には、生態を知る上で貴重なものがこれまでにいくつもありました」。若林さんはそう語ります。具体的には、オスとメスが同じ樽の中に入っている写真、タルマワシの親が樽の中にエサを引き入れた写真などがその好例です。
 若林さんはタルマワシ類について、「樽を作ってその中で生活をするという面白い生態を持っているのに、これまであまり研究されてこなかった生物」だといいます。たとえば、生物としての基本データである寿命なども、よく分かっていません。
 「海中で撮影されたタルマワシ類の生態写真や動画を研究者に提供してもらうことで、新しい発見につながる可能性があります。一般のダイバーの方々に協力してもらうことで、もっと研究が進む余地があると考えています」
 ダイバーのみなさんから提供される新たな情報に、若林さんは期待を寄せています。
 昔から地球上に存在し、海の生態系を構成する一員であるタルマワシたち。しかし、その独特な外見から‘エイリアン’呼ばわりされてしまうのは、ちょっと気の毒な感じもします。そして、「子育てをする」「家の中で生活する」「子どもに食べ物を与える」といったタルマワシたちの暮らしぶりを知ると、私たち人間の日々の生活にも通じるものを感じ、どこか親しみさえ覚えます。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。
環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。
1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。
2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。
朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長などを経て2020年から朝日学生新聞社編集委員。
最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。