2022年8月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第18話 ゴカイもクモヒトデも光る!
ゴカイ類というと、多くの人がまず思い浮かべるのは‘海釣りのエサ’かもしれません。ゴカイ類にはさまざまな種類がいますが、その中にはなんと、色鮮やかに発光するものがいることをご存じでしょうか?
この写真のゴカイ類は、クロエリシリス(Odontosyllis undecimdonta)といいます。サシバゴカイ目シリス科の1種で、全長は2センチほど。富山湾では毎年秋の繁殖シーズンになると沿岸に泳ぎ集まり、日没後に集団で青緑色の光を放ちます。
富山湾の発光生物といえば、青い光を放つホタルイカが有名ですが、「光るゴカイ」もまた、知る人ぞ知る富山湾の名物と言えるでしょう。ただし、実際に発光する様子を見るのは簡単ではありません。というのも、クロエリシリスの発光現象が見られるのは10月初めの数日だけ。しかも、日没から1時間後のわずか30分間に限られているからです。
こうした集団発光を行うゴカイ類はカリブ海のバミューダ島にも生息しており、英語ではファイヤーワーム(Fire worm)と呼ばれているそうです。
クロエリシリスがどんなメカニズムで光を出すのかは、これまでよく分かっていませんでした。中部大学教授の大場裕一さんらの研究グループは、発光のカギとなる未知の化学物質を発見し、2019年に論文に発表しました。発光生物の多くは、いまだにその生態や光るしくみが多くの謎に包まれており、日々新たな研究成果が発表されています。
■発光生物は世界に7000種
昆虫のホタル類やキノコのほか、ムカデやミミズの仲間にも発光する種類が知られています。世界中の発光生物の種数を足し合わせると、その数は約7000種にのぼります。
最新の推計によると、世界の発光生物の種数のうち、約6割は海に生息しています。そして、世界各地の海では、いまも「新種の光る生物」が発見され続けています。
■新種の「光るクモヒトデ」
大場さんや東京大学特任助教(現・広島修道大学助教)の岡西政典さん、沖縄県立芸術大学教授の藤田喜久さんらの研究チームは、「光るクモヒトデ」の新種を論文に発表しました。
このクモヒトデが見つかったのは、オーストラリア領のクリスマス島北部にある「Thunderdome cave」という海底洞窟の水深10mの地点。ドウクツヒカリクモヒトデ(Ophiopsila xmasilluminans)と名付けられました。学名のうち、種小名は「クリスマスイルミネーション」のようで、ちょっとシャレています。
これは意外なことなのですが、海底洞窟に特化して暮らす生物の中から発光種が見つかったのは、このドウクツヒカリクモヒトデが世界で初めてのケースとなりました。
腕の長さは8.5センチほど。洞窟内の砂泥底に体をうずめ、腕だけ外に出して暮らしています。そして、刺激を受けると5本の腕から緑色の閃光を放ちます。
ドウクツヒカリクモヒトデは、なぜ光るのでしょうか。
大場さんは、暗い洞窟の中で襲ってくるカニや魚などの捕食者に対して、「自分は味がまずいから食べるな!」と警告するためではないか、と指摘します。その一方で、敵に襲われた時に光ることで、より体の大きな「敵の敵」を呼び寄せて自分の身を守る「光のSOS」としての効果も考えられるそうです。
このように、新たな発光生物が見つかるたびに、「なぜ光るのか」というナゾの数もまた増えつつあるのです。
■「発光生物」を知る ~ おすすめの1冊
光る生き物について、もっと詳しく知りたい――。そんな方におすすめの1冊が、今年新たに刊行された『世界の発光生物』(大場裕一著、税込5940円、名古屋大学出版会)です。
巻頭を飾るカラー写真のうちの1枚は、世界で唯一の「光るカタツムリ」として知られるヒカリマイマイ(フィジー産)。口の付近が、緑色に光っています。この本では、光るキノコや昆虫からウミウシ、深海魚まで、現在知られているすべての発光生物について、最新の知見をまとめています。まさに「発光生物学のバイブル」。ぜひ手にとって読んでみてください。
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長などを経て2020年から朝日学生新聞社編集委員。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。