2024年11月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第45話 超そっくり!ニセクロスジギンポの見分け方
■「仕事場」をもつホンソメワケベラ
ほかの魚の体についた寄生虫などを食べる「ホンソメワケベラ」(Labroides dimidiatus)は、「掃除魚」(クリーナー)として有名です。全長10cmほどの小魚で、南日本の太平洋岸や琉球列島、小笠原諸島などに分布しています。
海の中に潜って観察していると、ホンソメワケベラたちには「仕事場」があることが分かります。それは、「クリーニングステーション」と呼ばれる場所です。
体を掃除してもらおうと、クリーニングステーションには様々な種類の魚たちがやって来ます。そして、ふだんは活発に泳ぎ回るタイプの魚も、ホンソメワケベラに体を掃除してもらっている間は、行儀良くじっとしている姿をよく見かけます。
■姿はそっくり、でも別グループの魚
沿岸の岩礁域でホンソメワケベラたちを撮影していて、その中に「超そっくりさん」が混じっていることに気づきました。「ニセクロスジギンポ」(Aspidontus taeniatus)という魚です。
体の大きさやシルエット、体側のくっきりとした黒い帯、薄い青色のグラデーション――。ニセクロスジギンポの姿は、ホンソメワケベラに実によく似ています。
しかし、ホンソメワケベラは「ベラ科」、ニセクロスジギンポは「イソギンポ科」。両者は分類上、別グループの魚なのです。
■見分けるポイントは「口の開き方」
あまりにもそっくりなため、海中で見分けるのはなかなか難しい両者。背びれの形状などがやや異なるのですが、最も分かりやすい違いは「口の形」です。ホンソメワケベラと違って、ニセクロスジギンポは、口が下側を向いているのです。
下向きに開くニセクロスジギンポの口の中には、鋭い牙が隠されています。そして、「掃除魚」のふりをしてほかの魚に近づき、相手が油断しているすきに、ひれの一部などをかじりと取って食べることが知られています。こうした習性は、「攻撃型擬態」(ペッカム型擬態)と呼ばれます。
■「攻撃型擬態」とは
一般に「擬態」というと、まず思い浮かぶのは、自分の姿が見つかりにくいようにして捕食者から身を守るというものです。一方、「攻撃型擬態」は、美しい花にそっくりな姿の昆虫「ハナカマキリ」の事例が有名です。擬態の名人ともいえるこのカマキリは、本物の花だと勘違いして近づいてきた蝶などを襲い、食べてしまいます。
ハナカマキリは、花にそっくりに化けることで、自身が鳥などの天敵に襲われにくくなるという効果も得ているようです。ニセクロスジギンポの場合も同様で、掃除魚のホンソメワケベラに擬態することで、大型の魚などに襲われにくくなり、護身に役立っていると考えられます。
■すっかり定着したイメージには疑問符も
ほかの魚をだまし討ちで襲う「ずる賢い魚」――。ニセクロスジギンポは図鑑などでそんなふうに紹介されることが多く、それがこの魚のイメージとして広く定着してきました。こうした考え方は、1960年代に行われた飼育個体の観察研究がもとになっています。
ところが、その後の研究により、自然界でニセクロスジギンポがほかの魚のひれをかじる頻度は、それまで考えられていたほど高くないことが分かりました。広島大などの研究チームの論文によると、魚のひれをかじる頻度には地域差があるほか、体のサイズによっても頻度に違いがみられ、主に全長7cm以下の小型の個体でみられる行動だといいます。
また、沖縄県の瀬底島などでのフィールド調査では、ニセクロスジギンポがほかの魚のひれをかじるのは希で、主なエサは、多毛類のイバラカンザシ(Spirobranchus giganteus)、二枚貝のヒメシャコガイ(Tridacna crocea)、スズメダイ科魚類の卵などだったと報告されています。
このように、「いつもほかの魚をだまして襲っている」という従来のニセクロスジギンポのイメージは、新たな研究によって見直されつつあるのです。
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■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992 年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999~2000年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。著書に『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)ほか。X(ツイッター)は@yamamoto92。