2024年8月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第42話 変装するカニたち
■「厚い布団」にくるまって生活
伊豆半島東部の伊豆海洋公園で、面白いカニを見つけました。フワフワとした海綿に、全身がすっぽりと覆われています。
体は鮮やかな黄色で、眼はケシ粒のように小さく白色。カイカムリ科の「キヌゲカムリ」(Lewindromia unidentata)という種類です。水深4~112mに生息し、日本近海のほかハワイや仏領ポリネシア、紅海などに幅広く分布しています。
カイカムリ科のカニは、歩脚のうち後ろ側の2対が短く、先端が鉤爪(かぎづめ)状になっています。 キヌゲカムリは、この短い歩脚を使ってカイメンを背負っています。まるで、厚い布団にくるまって暮らしているような姿。これでは、いざという時にすばやく逃げるのが難しそうですが、こうして身を隠すのが彼らの護身術なのです。
■私は海藻の切れ端です・・・
カニの中には、自分の体に海藻を付着させて変装する者もいます。「コノハガニ」(Huenia heraldica)は、そのままでも海藻の切れ端にそっくりな姿をしたカニです。しかし、さらに念入りに、頭に海藻の切れ端をくっつけてカムフラージュをします。
写真の個体はオスで、甲羅の形は尖った三角形です。一方、メスは、バイオリンのように中央がくびれた形をしています。体色にはかなり変異がみられ、緑色の海藻にそっくりなものもいます。
■全身がカイメンだらけ
クモガニ科の「アケウス」(Achaeus japonicus)は、黄色いカイメンを全身に付着させていました。
写真の個体は甲の長径が1cm、脚を広げた幅が5cmほど。よく見ると、カイメンのほかに、細い糸のような「ヒドロ虫」もくっつけています。これらの付着物は、カムフラージュをするために、アケウス自身が体にくっつけたものです。
■カニらしい輪郭が消えるほどの付着物
「モクズショイ」(Camposcia retusa)も、体をたくさんの付着物でびっしりと覆うことで有名です。潮間帯から水深50mにかけて生息する大型のクモガニ類で、写真の個体は脚を含めた幅が約15cm。一風変わった和名は、「藻屑(もくず)背負い」という意味です。
モクズショイの体表には、先端がカギ状になった短い毛がたくさん生えていて、ここに色々な物を付着させることができます。
モクズショイの本当の姿は、スラリとした細長い脚を持つカニです。しかし、体の表面に小さなカイメンの塊やごみなどを大量にくっつけているため、かなり「着ぶくれ」して見えます。
付着物のせいで体の輪郭がデコボコになり、カニらしいシルエットが分かりづらいのですが、こうした視覚効果こそが、モクズショイの狙いなのでしょう。
■身を守るための徹底的な「変装」
変装するカニの中でも極めつきの存在が、「カイメンガニ」(Chlorinoides longispinus)です。房総半島以南の水深10~50mに生息しています。
この写真の中央には、1匹のカイメンガニが写っています。でも、「え?どこにカニがいるの?」と思われる方が多いのではないでしょうか。
黄色いカイメンや赤いウミトサカ類などをどっさりと付着させていて、もはやカニなのかどうかさえよく分かりません。この徹底的な変装には、ただ脱帽するばかりです。
体の小さなカニたちにとって、海の中は天敵だらけ。自分を襲う捕食者から身を守るため、カニたちは様々な工夫をこらして「変装」を続けているのです。
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。X(ツイッター)は@yamamoto92。