山本智之の「海の生きもの便り」

2024年1月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第35話 アンモナイトの子孫? 【下】

「生きた化石」と呼ばれるオウムガイ=鳥羽水族館提供

「生きた化石」と呼ばれるオウムガイ=鳥羽水族館提供

■アンモナイトにそっくりな「 オウムガイ 」

 前回のコラム「アンモナイトの子孫?<上> 」では、絶滅したアンモナイトに姿がよく似た「アオイガイ」についてご紹介しました。アオイガイは、アンモナイトと同じ「頭足類」ですが、アンモナイトの子孫ではなく、貝殻の構造にも違いが見られました。

 ここで、アンモナイトの貝殻の構造を、改めて詳しく見てみましょう。下の写真は、今から約1億年前のアンモナイトの1種(マダガスカル産)の化石の断面です。殻の内部は鉱物に置き換わっていますが、小さく区切られた部屋がいくつもある様子がよく分かります。殻の内部を仕切る壁のことを「隔壁(かくへき)」といいます。そして、壁に囲まれた小部屋は「気室(きしつ)」です。

中生代白亜紀前期(約1億年前)のアンモナイト化石の断面 。殻の内部は隔壁によって区切られている=山本智之撮影

中生代白亜紀前期(約1億年前)のアンモナイト化石の断面 。殻の内部は隔壁によって区切られている=山本智之撮影

 では、アンモナイトにそっくりな姿をしていて、「生きた化石」とも呼ばれる 「オウムガイ」( Nautilus pompilius)は、どんな貝殻を持っているのでしょうか?

■アンモナイトと同じ「小部屋に分かれた貝殻」

 下の写真は、オウムガイの貝殻の断面です。オウムガイの貝殻も「隔壁」で仕切られ、複数の「気室」に分かれています。 また、それぞれの気室どうしは、「連室細管(れんしつさいかん)」という管でつながっています。

オウムガイの殻の構造

 「生きた化石」であるオウムガイは、その外見だけでなく、貝殻の内部の構造もアンモナイトによく似ていることが、貝殻の断面の写真からお分かりいただけると思います。

 「気室」と「隔壁」、「連室細管」を備えた独特な貝殻の構造は、オウムガイとアンモナイトに共通しており 、タコの仲間のアオイガイなどにはみられないものです。

■「カラストンビ」はイカ・タコと共通

 一方、アンモナイトやオウムガイ、イカ・タコのいずれにも共通してみられるのが、鳥のくちばしのように鋭く尖った「カラストンビ」(顎器)です。

 下の写真は、食用でおなじみのスルメイカ(Todarodes pacificus )とそのカラストンビです。この黒っぽい牙のような器官を使って、魚などのエサ生物に食らいつくのです。

スルメイカ(左)とスルメイカのカラストンビ(右)=山本智之撮影

スルメイカ(左)とスルメイカのカラストンビ(右)=山本智之撮影

 『僕とアンモナイトの1億年冒険記』(イースト・プレス)の著者で 、深田地質研究所研究員の相場大佑さん によると、アンモナイトも、現生のオウムガイやイカ・タコと同様にカラストンビを持ち、肉食性だったことが分かっています。

 アンモナイトの化石を詳しく調べると、内臓のあるあたりからエサ生物の化石が見つかります。相場さんによると、アンモナイトは 、浮遊性のウミユリ類、小型の甲殻類や巻貝、自分より小さなアンモナイト類などをエサにしていました。

■アンモナイトとオウムガイの関係は?

 アンモナイト、オウムガイ、イカやタコ は 、それぞれ 進化の道筋をどのようにたどってきたのでしょうか?相場さん提供の系統図(=下図)をご覧ください。

アンモナイトとオウムガイ、イカ・タコの系統関係

 絶滅した「 オルソセラス類 」を含む広義のオウムガイ類が地球上に登場したのは今から約5億年前です。まずオウムガイ類が先に現れ、そこから枝分かれする形で、アンモナイトやイカ・タコの共通祖先である「バクトリテス類」が登場します。この「バクトリテス類」の中から約4億年前にアンモナイトが現れました。

 つまり、アンモナイトたちは、オウムガイ類の中から枝分かれして進化したのです。

 互いに姿がよく似ているので、オウムガイはアンモナイトと近縁な生物だと思われがちです。しかし、意外なことに、最新の研究によると、アンモナイトは分類上、オウムガイよりも、むしろイカ・タコに近いとされています。

■アンモナイトより、オウムガイ類が先に登場していた!

 絶滅した化石種を含めた「オウムガイ類 」は、アンモナイトよりも約1億年も早く登場しています。これを地質年代にあてはめると下図のようになります。

地質年代とアンモナイト類、オウムガイ類の出現時期

 現在も生き続けているオウムガイ類は、アンモナイトの子孫ではないどころか、アンモナイトよりも長い歴史をもつグループの一員なのです。

■いまだナゾ多きアンモナイト

 絶滅してしまった生物だけに、アンモナイトについては、まだ科学的に解明されていないナゾが多く残されており、研究が続けられています。 そして、地道な化石の調査によって、今なお新種のアンモナイトが発見され続けています。

 相場さんは、白亜紀のアンモナイトの新種として、2017年に「 ユーボストリコセラス・ヴァルデラクサム 」(Eubostrychoceras valdelaxum) 、2021年には「エゾセラス・エレガンス」(Yezoceras elegans)を、それぞれ論文に発表しました。今後の研究について「実際のアンモナイトは 腕が何本あって、どんな体の色だったのか 。海の中をどうやって泳ぎ、どんな一生を送っていたのか。アンモナイトの生き様を明らかにしたい」と話しています。

 上下2回のコラム「アンモナイトの子孫?」の取材では、現在の海に暮らすアオイガイやオウムガイの祖先をたどってみました。海の中で出会う様々な生物には、それぞれが背負ってきた長い進化の歴史がある 。そのことを、改めて実感しました。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。X(ツイッター)は@yamamoto92