2023年12月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第34話 アンモナイトの子孫? 【上】
■暗闇から現れた「白い球」
静岡県・伊豆半島の沿岸でナイトダイビングをしていると、ピンポン球のような白い物体が突然、暗闇の中から現れました。「ナゾの白い球」は、私のすぐ目の前をスーッと横切りました。そして、海面に向けて一直線に上昇していきます。魚やクラゲとは明らかに違う、なんとも奇妙な泳ぎ方です。
いまのは一体、何だ・・・? 見失わないように、必死で泳いで後を追いました。近づいてみると、それは「アオイガイ」(Argonauta argo)でした。貝殻を持つタコの仲間で、別名は「カイダコ」といいます。
クリッとした目が印象的なかわいらいしい姿。よく見ると、小さいながら「漏斗(ろうと)」もあり、タコの仲間であることが分かります。
■和名は貝殻の形が由来
「アオイガイ」という和名は、貝殻を二つ組み合わせると「葵(あおい)の葉」に似た形になることが由来です。つまり、中身のタコではなく、貝殻をもとにつけられた呼び名なのです。
アオイガイは比較的暖かい海を好み、表層で浮遊生活をします。その美しい貝殻は、ときに浜辺に大量に打ち上がります。私は以前、新潟県の砂浜でアオイガイの貝殻をたくさん拾ったことがあります。
■あの「絶滅生物」によく似た姿
アオイガイの姿は、絶滅した「アンモナイト」によく似ています。実際、アオイガイもアンモナイトも、分類上は「頭足類」(軟体動物門・頭足綱)という同じグループに属しているのです。
深田地質研究所(東京都文京区)の研究員で、古生物学が専門の相場大佑さんによると、アンモナイトが地球上に登場したのは、今から約4億年前の古生代デボン紀と考えられています。殻の直径が数ミリしかない小型種から、1メートルを超す巨大種まで、これまでに報告された種数は1万種以上。世界最大のものはドイツの白亜紀の地層から見つかったパラプゾシア(Parapuzosia)属のアンモナイトで、殻の直径はなんと2.5メートルもあるそうです。
■巨大隕石の衝突で姿を消す
大昔の水中世界で大繁栄したアンモナイトたち。ただ、現生のイカやタコなどの頭足類がすべて海に生息しているのと同様に、アンモナイトも海だけに分布していたと考えられており、川や湖からは見つかっていません。そして、今から6600万年前の中生代白亜紀末、直径約10キロメートルの大隕石が地球に衝突したことが引き金となって、アンモナイトは巨大な恐竜たちとともに絶滅してしまいました。
この白亜紀末の「大量絶滅事件」では、巨大隕石の衝突に伴う超高温や、衝突後に大気中に大量に放出されたちりが日光を遮ったことによる寒冷化などで、地球の環境が激変しました。その結果、海にすむ動物種の7割近くが絶滅したという推計もあります。
化石をもとにした最近の研究で、アンモナイト類は巨大隕石の衝突によって一瞬にして全てが滅んだわけではないことが明らかになりました。一部の地域では、隕石の衝突後も最大で数万年間にわたって生き残っていたと見積もられています。ただ相場さんは「隕石の衝突による大量絶滅が、アンモナイト類が姿を消す原因となったことは間違いない」といいます。
■アオイガイとアンモナイトの関係は?
イカやタコと同じ「頭足類」であり、貝殻の中に入って暮らしている――。この点において、アオイガイは、絶滅したアンモナイトにそっくりです。ならば、アオイガイはアンモナイトの子孫なのでしょうか。
その答えは、貝殻の構造を見ると分かります。アンモナイト類の殻の内部は、「隔壁」によって小部屋に区切られています。ところが、アオイガイの殻は、内部に「隔壁」がありません。外見の雰囲気は似ていても、両者の殻のつくりは全く異なっており、分類上も別グループの生物なのです。
「アンモナイトの殻は、外套膜からカルシウムを分泌して作ったものです。外套膜というのは、イカでいえば筒にあたる部分です。しかし、アオイガイの場合は、1対の特殊な腕からカルシウムを分泌して殻を作ります。両者の殻は、起源が全く異なるものです」。相場さんは、そう指摘します。つまり、アンモナイトとアオイガイの関係は「他人のそら似」だったのです。
■殻を作るのはメスだけ
しかも、アオイガイの場合、実は、貝殻を持つのはメスだけです。この貝殻は、メスが卵を保育するときに役立つのです。アオイガイのオスは、メスに比べて体が小さく、貝殻を持っていません。
残念ながら、アオイガイはアンモナイトの子孫ではありませんでした。ただ、世界の海洋を見渡すと、「貝殻をもつ頭足類」は、ほかにもいます。その代表格が、「生きた化石」と呼ばれるオウムガイです。オウムガイこそは、アンモナイトの子孫なのでしょうか。詳しくは、次回のコラムで!
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。X(ツイッター)は@yamamoto92。