2023年9月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第31話 ウミエラとは何者か?
■海底に生える「羽根ペン」
ダイビングをしていると、砂地の海底からニョッキリと生えた「ウミエラ」を見かけることがあります。漢字では「海鰓(うみえら)」。魚の鰓(えら)のような、不思議な形をした生き物です。一方、英語では「sea pen」といいます。これは、鳥の羽根で作った「羽根ペン」に見立てた呼び方です。
立正大学助教の櫛田優花さんによると、ウミエラの仲間は、暖かいサンゴ礁から寒冷な極地まで世界中の海に分布し、沿岸のごく浅い海域から水深6260mの深海底まで幅広い環境に生息しています。世界で16科40属の200種以上が報告されており、このうち日本の海では68種が知られています。
ウミエラ類の体の下部は「柄部(へいぶ)」といい、ここを海底に突き刺すことで、軟らかい砂泥底でも体の姿勢を安定させることができます。
■ウミエラは「刺胞動物」
ほかのどの生物とも異なる独特の姿をしたウミエラ類。どこか正体不明な感じがしますが、イソギンチャクなどと同じ「刺胞動物門」に属します。ただ、その分類学上の位置づけは近年、分子生物学の研究が進んだことで、大きく変わりました(=下図)。
つい最近まで、刺胞動物門の中には「ウミエラ目」というグループがありました。しかし、2022年秋、生物分類学の国際誌に新たな論文が発表され、現在は「硬八放サンゴ目」というグループの中の「ウミエラ上科」とされています。
ウミエラは刺胞動物ですが、一部の毒クラゲのように人を刺すようなことはありません。海中を漂う有機物やプランクトンなどを食べて暮らす、平和な生き物です。
■1匹ではなく「群体」
海底に生えているウミエラを見ると、1匹の生物のように見えます。でも実は、複数のポリプ(個虫)が集まった「群体(ぐんたい)」です。幹のような部分を「親ポリプ」といい、そこに葉っぱのような「葉状体(ようじょうたい)」がついています。
葉状体の縁には、よく見ると小さなイソギンチャクのような姿の「通常ポリプ」が並んでいます。その一つ一つには、触手が8本あります。これは宝石サンゴやヤギ類を含む「八放サンゴ綱」に共通した特徴です。
ウミエラ類には、海中に精子を放出するオスの群体と、卵を放出するメスの群体があることが、これまでに十数種を対象に行われた研究で明らかになっています。卵からかえった幼生は海中を漂うプランクトン生活をしたのち、海底に着底します。
■全長2mの巨大種、発光する種類も
ウミエラの中には体が非常に大きくなるものもいます。たとえば、深海に生息するオオヤナギウミエラ属の一種は、全長が2m近くになります。
ウミエラ類は種類によって色や形も様々で、ムチのように細長いものや、こん棒状のものなど変化に富んでいます。サボテンのような姿をした「ウミサボテン」の仲間も、ウミエラ類に含まれます。ウミサボテンには鳥の羽根のような「葉状体」はありませんが、ポリプの触手はやはり8本で、有機物やプランクトンを触手でとらえて食べます。
ウミエラ類の多くは発光する能力があるとされ、ウミサボテン(Cavernularia elegans)やフサウミサボテン(Umbellula huxleyi)などは、実際に光る様子が確認されています。
変わった暮らしぶりのウミエラ類としては、造礁サンゴのように体内に「褐虫藻(かっちゅそう)」という微細な藻類を住まわせるものもいます。日本では、マヒルノヤナギウミエラ(Virgularia juncea)とミナミウミサボテン(Cavernulina orientalis)の2種について、褐虫藻の共生が確認されています。
■太古の昔から海にいた
ウミエラ類は体が軟らかく、化石が残りにくい生物です。ただ、体の中心部を貫く「骨軸(こつじく)」は化石として残ることがあります。現在知られている最古のウミエラ類の化石は、今から7000万年~8300万年前の「白亜紀」のものです。白亜紀は、恐竜たちが栄えていた時代です。
ウミエラ類が地球上にいつ登場したかについては研究者の間でも見解が分かれていますが、いずれにしても、太古の昔から海の中で暮らしてきた生物であることは間違いありません。
■ほかの生物の「隠れ家」に
ウミエラ類は、ときに高い密度で海底に集まり、「シーペンフィールド(Sea pen field)」と呼ばれる大群集を作ることが知られています。また、ウミエラ類は、小型の甲殻類や小魚などが天敵から身を隠すための「隠れ家」となり、海の生態系の中で重要な役目を果たしています。
■世界的に少ない「ウミエラ研究者」
書店で売られている海洋生物の図鑑を開いても、ウミエラ類はごく限られた種類を除いて、ほとんど掲載されていません。ウミエラ類は種の同定が難しい生物なのです。全体の形状を把握しようとしても、体が収縮したり、膨張したりして、輪郭が大きく変わってしまうという難しさもあります。分類を行う際には、ウミエラ類の体内に含まれる微小な骨片を、顕微鏡を覗きながら取り出すなど、種類を特定するには技術が必要で、手間もかかります。
立正大学の櫛田さんは、琉球大学に在学中の学生時代からウミエラ類の研究に取り組んできました。ウミエラ類は海底でじっとしているイメージがありますが、実際には海底の砂の中に潜り込んで、活発に場所を移動するものもいるといいます。櫛田さんは沖縄美ら海水族館と共同で、トゲウミサボテン属の1種について研究し、砂の中をまるでモグラのように進み、別の場所へ移動するという生態を明らかにしました。
「ウミエラを扱うことができる研究者は、日本には私を含めて3人、世界でも10人ほどしかいません」と櫛田さん。ウミエラの研究者は数が非常に少ないため、同じ底生生物でも、甲殻類や貝類に比べてこれまであまり研究が進んでいなかったといいます。
「ウミエラの面白さは、さまざまな形のものがいること。砂地だけでなく、岩の上で暮らす種類もいるなど、生き方の多様さも魅力です。系統分類学を土台にして、ウミエラ類の形や生き方、進化的背景を探りたい。そして、ウミエラ類とは何者かを明らかにしたい」と櫛田さん。ウミエラの謎に迫る新たな研究成果に期待したいと思います。
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。