2021年5月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第1話 ウシ年は、ウミウシに注目!
~ 進化の不思議の「びっくり箱」
ダイバーなら誰でも目にしたことのあるウミウシ。動きがゆっくりとした種類が多いので、水中写真のビギナーにもおすすめの被写体ですね。
でも、それだけではありません。ウミウシたちの暮らしぶりには、私たちの想像をはるかに超えた、驚くべきものがあります。
ウシ年の2021年、あらためてウミウシに注目です!
■なんでこんなに派手な色なの?
私は水中写真を撮り始めて30年ほどになりますが、いまも色とりどりのウミウシたちに海中で出会うたびに、ワクワクします。
いったい世界には、どのくらいの種類のウミウシがいるのでしょうか。
ドイツの研究グループが発表した論文によると、全世界で5000~6000種にのぼるといいます。
日本列島は南北に長く、ウミウシの種類が豊富です。NPO法人全日本ウミウシ連絡協議会の中野理枝・理事長によると、日本の海では学名がついているウミウシだけで約1200種、まだ正式な名前のない「未記載種」を含めると1500種ほどが知られています。
ウミウシは、分類上は巻貝の仲間です。進化の過程で貝殻が退化して小さくなったり、完全に消えたりして現在の姿になりました。
そんなウミウシたちも、海を漂う「ベリジャー幼生」のときには、ちゃんと貝殻を持っています。
この事実は、ウミウシの祖先が貝殻を持つ生物であったことを示しています。
ウミウシたちは、独自の進化をとげたことで、炭酸カルシウムの貝殻を作ることにエネルギーを使わなくてもすむようになりました。
そして、重たい貝殻を運び続けるという「重労働」からも解放されました。でも、サザエやアワビなどを見れば分かりますが、貝殻は本来、軟らかい体を隠して身を守るのに不可欠なはずのものです。
そこでウミウシたちは、貝殻がなくても捕食者に簡単に食べられてしまわないように、体の中に「まずい味」の化学物質をためこんでいます。
海底の岩に生えているカイメンにそっくりな色のものもいますが、多くの種類はその派手な色のせいで、むしろ周囲から浮き立って見えます。
こうした派手な色や模様は、「食べてもまずいぞ!」とアピールするための「警告色」であろうと考えられています。
■動物なのに「光合成」? 毒針で「武装」!
ウミウシの中には、さらに驚くべき進化をとげたものがいます。
たとえば、海底に生える緑藻を食べて暮らしている「ヒラミルミドリガイ」。
その体の中では、なんと「光合成」が行われているのです。太陽の光を浴びて有機物を作り出す光合成。
「それって、植物の専売特許じゃないの?」――そんなふうに疑問に思う人もいるのではないでしょうか。
実は、ヒラミルミドリガイを含む一部のウミウシは、緑藻の細胞内にある葉緑体を、消化せずに体内に取り込むという「特技」を持っています。
そして、葉緑体が光合成で作り出した栄養をもらっているのです。こうした暮らしぶりを「盗葉緑体(とうようりょくたい)」といいます。
一方、「イロミノウミウシ」などのミノウミウシ類は、エサの刺胞動物から「刺胞」(毒針の入った武器)を奪い取り、自分の身を守るのにちゃっかり役立てています。これを「盗刺胞(とうしほう)」といいます。刺胞は、外から刺激を受けると毒針が飛び出す仕掛けになっています。
私たちが海水浴でクラゲに刺されると痛いのも、刺胞のせいです。ミノウミウシ類は、この刺胞を背中の突起にためこみ、敵からの襲撃に備えているのです。
このように、ウミウシの世界は、進化の不思議がいっぱい詰まった「びっくり箱」なのです。
■ウミウシを知る~おすすめの1冊
ウミウシの魅力について、もっと知りたい――。
そんな人におすすめの一冊が『へんな海のいきもの うみうしさん』(中野理枝著、税込 815円)です。
豊富な写真や図を使い、ウミウシの生態について分かりやすく解説しています。
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。
環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。
1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。
2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。
朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長などを経て2020年から朝日学生新聞社編集委員。
最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。