山本智之の「海の生きもの便り」

2024年12月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第46話 サンゴの「白化現象」とは何か


白化したサンゴに覆われた海底=2024年8月23日、沖縄県本部町沖、飯島真理子・産総研研究員提供

白化したサンゴに覆われた海底=2024年8月23日、沖縄県本部町沖、飯島真理子・産総研研究員提供

■面積わずか0.1%の「宝庫」

 地球の表面積のわずか0.1%にすぎないサンゴ礁。そこは、9万種を超す生き物が暮らす「生物多様性の宝庫」です。近年、サンゴ礁の生態系を脅かす大きな問題として「白化現象」が注目されています。高い海水温などが引き金となってサンゴの色が白っぽく変化する現象で、長期間続くとサンゴの大量死につながる恐れがあります。

 「サンゴが死んでしまうと、サンゴをすみかにしている小魚や甲殻類などが姿を消す。その結果、これらの生物をエサにしている大型の魚などもいなくなってしまい、生態系のバランスが崩れてしまう」。産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の飯島真理子研究員(環境生態学)は、そう語ります。

■沖縄本島で深刻な白化

 飯島さんは2024年8月下旬、沖縄本島で行ったシュノーケリングによる調査の際に、海底を一面に覆うサンゴが、色が抜けて白っぽくなっているのを目撃しました。

白化した枝状のミドリイシ類=2024年8月23日、沖縄県本部町沖、飯島真理子・産総研研究員提供

白化した枝状のミドリイシ類=2024年8月23日、沖縄県本部町沖、飯島真理子・産総研研究員提供

 現場は沖縄県本部町の備瀬崎沖で、海水温は30℃。枝状やテーブル状のミドリイシ類、塊状のキクメイシ類など、様々な種類のサンゴが一斉に白化していたのです。

白化した被覆状やテーブル状のミドリイシ類=2024年8月23日、沖縄県本部町沖、飯島真理子・産総研研究員提供

白化した被覆状やテーブル状のミドリイシ類=2024年8月23日、沖縄県本部町沖、飯島真理子・産総研研究員提供

■陸から見ても分かる深刻さ

 「陸上から眺めただけでも、海の中でサンゴが白くなっているのがよく見えました」。調査のため、現場周辺の海域に10年近く通い続けている飯島さんは、かなり深刻なレベルの白化現象が起きていることに気づきました。

サンゴが広い範囲で白化すると、陸上からも白っぽく見える=2024年9月2日、沖縄県恩納村、廣瀬美奈さん撮影

サンゴが広い範囲で白化すると、陸上からも白っぽく見える=2024年9月2日、沖縄県恩納村、廣瀬美奈さん撮影

 サンゴ礁の生態系はいま、さまざなストレスを受け続けています。飯島さんは「赤土や生活排水の海への流入などで、日ごろから高いストレスを受けている海域のサンゴは、水温が上がった際に白化しやすく、また、白化からの回復力も低下してしまう可能性が指摘されている。深刻な白化を防ぐには、過剰な排水などの流出防止といったローカルな対策も欠かせない」と指摘します。

■日本最大のサンゴ礁域でも

 サンゴの大規模な白化は、沖縄本島以外でも報告されています。環境省は、石垣島と西表島の間に広がる日本最大のサンゴ礁域「石西礁湖」で2024年9月上旬に調査を行い、この海域のサンゴの白化率が、平均で84.0%に達したと発表しました。石西礁湖では、2016年と2022年にも大規模な白化現象が起きています。数年という短い間隔で、大規模な白化現象が繰り返し発生しているのです。

上空から見た石西礁湖の一部。島を取り囲むように美しいサンゴ礁が広がる=山本智之撮影

上空から見た石西礁湖の一部。島を取り囲むように美しいサンゴ礁が広がる=山本智之撮影

■進む温暖化、世界の海で白化が頻発

 世界的にみても、サンゴの白化現象は頻発化しています。オーストラリアや米国などの研究チームは、太平洋やインド洋、カリブ海など世界の100カ所のサンゴ礁の状況を分析し、「地球温暖化によって白化現象の間隔が短くなっている」とする論文を2018年、米科学誌サイエンスに発表しました。それによると、サンゴが深刻な白化現象に見舞われる頻度は、1980年代初めは平均して25~30年に1回でしたが、近年は5〜9年に1回となり、発生の間隔が短くなっています。

 深刻な白化現象を乗り越え、せっかく再生しつつあるサンゴが、回復の途上で再び白化によるダメージを受けるケースが相次いでいます。地球温暖化による海水温の上昇は、生きたサンゴが減る大きな要因となっているのです。

■「白化」のメカニズムとは

 そもそも、サンゴの白化現象はどのようなしくみで起こるのでしょうか。そのカギとなるのは、サンゴに共生する「褐虫藻(かっちゅうそう)」と呼ばれる藻類の存在です。

 サンゴはイソギンチャクと同じ「刺胞動物」。その体内には、たくさんの褐虫藻が共生しています。褐虫藻は直径が0.01mmほどの単細胞の藻類です。褐虫藻は、藻類の中でも「渦鞭毛藻」(うずべんもうそう)という種類であることが、1940年代に日本人研究者によって明らかにされています。

 サンゴの種類にもよりますが、表面積1平方cmあたりに数十万個~数百万個もの褐虫藻が共生しています。

 高い水温などのストレスが加わると、サンゴの体内に共生する褐虫藻の数が大幅に減り、サンゴの骨格が白く透けて見えるようになります。これが白化現象の基本的なしくみです。

浅瀬の海底を覆う白化したサンゴ=2024年8月23日、沖縄県本部町沖、飯島真理子・産総研研究員提供

浅瀬の海底を覆う白化したサンゴ=2024年8月23日、沖縄県本部町沖、飯島真理子・産総研研究員提供

 褐虫藻は太陽の光を浴びて光合成をし、作り出した栄養をサンゴに与えています。ミドリイシ類などの主要な種類のサンゴは、成長に必要な有機物の70~80%を褐虫藻から得ています。このため、白化して褐虫藻が激減した状態が長く続くと、そのサンゴは栄養失調になって飢餓に陥ります。それが長く続くと、死んでしまうのです。

■「褐虫藻が逃げて白化する」は間違い!

 サンゴの白化現象について伝えるニュースでは、「サンゴから褐虫藻が逃げ出して白化が起こる」といった表現がしばしば使われます。しかし、静岡大学の鈴木款・名誉教授(海洋生物地球化学)は、こうした説明のしかたは科学的に間違いだと指摘します。

 鈴木さんら静岡大学の研究チームは、沖縄の海で普通にみられるエダコモンサンゴ(Montipora digitata)を、通常よりも高い水温(32℃)で飼育する実験をしました。その結果、1平方cmあたり100万~200万個あった褐虫藻が4日間で60~70%減る一方で、白化の際にサンゴの体外に出る褐虫藻は0.1%以下と、極めて少ないことを突き止めました。つまり、白化現象は、「褐虫藻がサンゴの体外に出る」ことが原因ではないのです。

 「情報がきちんと整理されないまま、褐虫藻が逃げ出すことでサンゴの白化が起こるというイメージが、すっかり定着してしまった」。鈴木さんはそう語ります。

■褐虫藻はサンゴの体内で消えていく

 白化の際、サンゴの体内では何が起きているのでしょうか。鈴木さんによると、通常は丸い形をしている褐虫藻が梅干しのように小さく縮んだり、色素を失って透明になったりすることが確認されています。このように、白化現象は「サンゴの体内で褐虫藻が色素を失い、減少すること」なのです。

エダコモンサンゴの褐虫藻(顕微鏡写真)。赤矢印で示した褐虫藻は、高水温のストレスを受けて梅干しのように縮んで小さくなったもの=鈴木款・静岡大学名誉教授提供

エダコモンサンゴの褐虫藻(顕微鏡写真)。赤矢印で示した褐虫藻は、高水温のストレスを受けて梅干しのように縮んで小さくなったもの=鈴木款・静岡大学名誉教授提供

 鈴木さんによると、白化して飢餓状態になったサンゴは、二つの方法で栄養を補おうとします。一つ目は、高水温の影響で異常を起こした褐虫藻を消化して栄養を得ること。二つ目は、海水中の微小な藻類やバクテリアなどを捕食して外部から栄養を補給すること。サンゴはこうした手段によって、どうにか生き延びようとしているといいます。

ハナガサミドリイシ(Acropora nasuta)の褐虫藻(顕微鏡写真)。青矢印で示した褐虫藻は、高水温の影響で色素を失い、透明になっている=鈴木款・静岡大学名誉教授提供

ハナガサミドリイシ(Acropora nasuta)の褐虫藻(顕微鏡写真)。青矢印で示した褐虫藻は、高水温の影響で色素を失い、透明になっている=鈴木款・静岡大学名誉教授提供

 つまり、高水温によってダメージを受けた褐虫藻は、そのほとんどがサンゴの体内で消化され、姿を消していたのです。

■「大切な仲間」を食べる理由

 本来は大切な共生相手である褐虫藻。それをサンゴが、あえて体内で消化してしまうのには、理由があります。

 ダメージを受けた褐虫藻からは色素の「クロロフィル」が漏れ出し、その結果、有害な活性酸素が発生してサンゴの細胞を傷つけてしまうのです。サンゴは「クロロフィル」を、活性酸素を発生させない「シクロエノール」という化合物に変えます。それと同時に、有害な活性酸素の発生を抑えるために、褐虫藻を消化して食べていると考えられるのです。

 高い水温にさらされてダメージを受け、光合成ができなくなった褐虫藻を、サンゴは選択的に消化・吸収している可能性があります。こうした一連のプロセスは、サンゴにとっての「生存戦略」とみることもできます。

 高水温にさらされた際に、ごくわずかな褐虫藻はサンゴの体外へ放出されますが、その量は全体の0.1%以下にすぎないうえ、ダメージを受けた褐虫藻が中心です。これらの事実から、褐虫藻がサンゴの体外に出ることが白化の主な要因ではないことは明らかです。

 ちなみに、健康なサンゴも、ふだんから褐虫藻の一部を体外へわずかに放出しています。これは、必要以上に増えてしまった褐虫藻を体の外に出しているのだろうと考えられています。

■「白化からの回復」でも新たな知見

 サンゴの種類にもよりますが、白化した状態が1カ月以上続くと、そのサンゴは栄養失調で死んでしまいます。ただ、いったん白化しても、水温の低下などで環境が改善すると、サンゴは白化した状態から回復できることが以前から知られていました。

 そして、白化から回復する際には、「海中を漂う褐虫藻がサンゴの体内に再び入り込む」と考えられてきました。しかし、鈴木さんらの研究によって、実際には、白化したサンゴでも、その体内には元々の10~20%程度の数の褐虫藻が残っており、これらの褐虫藻は高水温に耐えられるような遺伝子を持っていることが分かりました。こうした褐虫藻が、水温の低下などの環境改善をきっかけに再びサンゴの体内で増えると考えられます。

健全なサンゴ礁には様々な魚たちが集まる=豪グレートバリアリーフ、山本智之撮影

健全なサンゴ礁には様々な魚たちが集まる=豪グレートバリアリーフ、山本智之撮影

 鈴木さんは「私たちはまだ、サンゴの生きざまを十分に理解できていない。フィールドでの環境や生態の調査だけでなく、サンゴが褐虫藻やバクテリア、ウイルス等とどのような共生関係を結んでいて、分子レベルで何が起きているのかを、さらに研究していく必要がある」と話しています。

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■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之氏

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992 年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999~2000年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。著書に『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)ほか。X(ツイッター)は@yamamoto92