2024年9月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第43話 世界初!ウミウシにそっくりなゴカイを発見
■ミノウミウシに擬態するゴカイ
三重県と和歌山県の海で、非常に珍しいゴカイの新種が見つかりました。なんとその姿は、ウミウシにそっくりなのです。「ウミウシに擬態するゴカイ」の発見は、世界で初めてです。
新種のゴカイは全長1cmほど。体は半透明です。その触手は、先端が黄色く、途中から赤っぽい色へのグラデーションがあり、色も形もミノウミウシ類の「ミノ」にそっくりです。「ケショウシリス」(Cryptochaetosyllis imitatio)と命名されました。
ケショウシリスを発見したのは、名古屋大学の自見直人講師です。マレーシアサインズ大学(マレーシア)、生態進化研究所(ロシア)、ブラネス高等研究センター(スペイン)と共同研究を行い、今年7 月、科学誌「Scientific Reports」に論文が掲載されました。
■最初は研究者もウミウシかと思った
きっかけは2008年、ロシア人の研究者らがスキューバ潜水を行い、ベトナム南部の海で未知のゴカイ類を採集したことに始まります。現場ではウミウシだと思って採集したものの、いざ研究室に持ち帰ってよく観察したらゴカイだと分かったそうです。
一方、日本では、自見さんが標本を採集しました。自見さんは2021年、三重県鳥羽市菅島町にある名古屋大学の臨海実験所へ着任。地元の海でイセエビをとる漁師さんから、刺し網にかかった混獲物を研究用のサンプルとして分けてもらうようになりました。この刺し網に引っかかったウミトサカ類(トゲトサカ属の1種)に、ケショウシリスが付着していたのです。
「今回、新種を報告できたのは漁師さんのおかげ。感謝しています」と自見さん。翌2022年には、和歌山県・古座のダイビングショップの協力を得て、古座沖で自ら潜水し、岩礁域に生えるウミトサカ類からケショウシリスを採集することにも成功しました。これまでに確認された生息水深は、20~40mです。
初めてケショウシリスを見たとき、自見さんは「こんなにもウミウシに姿を似せることができるなんて、すごい!」と驚いたそうです。
ロシアの研究者らと情報交換をする中で、ベトナムで2008年に同じ特徴を持つゴカイ類が見つかっていたことが分かり、今回、共同研究によって論文化されました。
■「張りぼて」で身を守る?
ケショウシリスは、ゴカイ類の中でも「シリス科」というグループに属します。和名の「ケショウ」には、色鮮やかなことから「化粧」、ウミウシの姿に化けるから「化生」と、2つの意味が込められています。
ケショウシリスが生息する海域には、ミノウミウシ類の1 種である「アデヤカミノウミウシ」(Coryphellina exoptata)が生息しています。このウミウシは、「ミノ」の部分に有毒な「刺胞(しほう)」をため込んでいます。ミノは正式には「背側突起(はいそくとっき)」といい、アデヤカミノウミウシにとっては、天敵から身を守るための「武器」の役割があります。
一方、ミノウミウシ類の「ミノ」にそっくりなケショウシリスの触手には、毒はありません。つまり、ケショウシリスの触手は無毒な「張りぼて」のようなものです。毒のあるウミウシに似た姿に進化することで、魚や甲殻類などの捕食者から逃れ、身を守っていると考えられます。
■毛を隠すことで、よりウミウシらしく
ゴカイの仲間は「多毛類(たもうるい)」と呼ばれますが、これは体の表面に「剛毛(ごうもう)」という毛がたくさん生えていることに由来します。
ゴカイ類の体は、足の先端から「剛毛」が突き出ているのが普通です。ところが、ケショウシリスの場合、この剛毛が足から突き出ておらず、体内にしまわれています。このため、全体として表面がツルツルとした感じになり、「ウミウシらしい雰囲気」が醸し出されているようです。
■さらなるナゾの解明に期待
ゴカイ類の中には、これまでも「擬態」を行う種は知られていました。ただそれは、自身の身を隠すための「隠蔽(いんぺい)型擬態」と呼ばれるものばかりでした。
たとえば、ゴカイ類の1種で全長3cmほどの「ナマコウロコムシ」(Gastrolepidia clavigera)は、ナマコの体の表面に付着して暮らし、体の色はナマコの色にそっくりです。そうして目立ちにくくすることで、天敵から身を守っています。
一方、ケショウシリスの擬態は身を隠すものではなく、むしろ、鮮やかな色で自分の体を目立たせるタイプの擬態です。
ケショウシリスのよく目立つ触手には、毒がありません。このため、無毒の生物が毒のある生物に似た外見をもつ「ベイツ型擬態」というタイプの擬態であろうと考えられます。
しかし、ケショウシリスについて今後さらに詳しく調べたら、体のどこかに毒を持っていることが判明するかもしれません。もしそうなれば、毒を持つ生物種どうしが互いによく似た警告色をもつ「ミューラー型擬態」に分類される可能性もあります。
新種として発見されたばかりのケショウシリスには、まだまだ生態のナゾが残されているのです。自見さんは「ケショウシリスがどのように進化してきたのかを、今後の研究で明らかにしていきたい」と話しています。
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■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992 年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999~2000年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。著書に『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)ほか。X(ツイッター)は@yamamoto92。