山本智之の「海の生きもの便り」

2023年8月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第30話 長い年月が育む「宝石サンゴ」

宝石サンゴの一種「シロサンゴ」。表面は赤みを帯びた共肉に覆われている。磨くと美しい白色になる=岩崎望・立正大学教授提供

宝石サンゴの一種「シロサンゴ」。表面は赤みを帯びた共肉に覆われている。磨くと美しい白色になる=岩崎望・立正大学教授提供

■深い海で育つ「生きた宝石」

 沖縄県や高知県などの土産物店に行くと、「宝石サンゴ」で作られたブローチやペンダントなどをよく見かけます。宝石サンゴは、磨き上げるとつややかな光沢を放つ「生きた宝石」です。

宝石サンゴで作られたブローチやペンダントヘッド、イヤリングなどの宝飾品=山本智之撮影

宝石サンゴで作られたブローチやペンダントヘッド、イヤリングなどの宝飾品=山本智之撮影

 日本の海でとれる宝石サンゴは、主にアカサンゴ(Corallium japonicum)、モモイロサンゴ(Pleurocorallium elatius)、シロサンゴ(Pleurocorallium konojoi)の3種です。岩の上に生えているのですが、ダイバーが潜水中に見かけることは、まずありません。というのも、これらの宝石サンゴは、水深100~300メートルの深い海が分布の中心だからです。

■「造礁サンゴ」とは別の生物

 サンゴと呼ばれる生物の中でも、沖縄の島々などの浅い海にサンゴ礁を形成するものは「造礁サンゴ」といいます。造礁サンゴのほとんどの種は、生物分類上は「六放サンゴ綱」に属します。これに対して、「宝石サンゴ」は「八放サンゴ綱」というグループです。
 サンゴの体の表面には、イソギンチャクのような形をした「ポリプ」があります。「六放サンゴ綱」は、ポリプの触手の本数が「6の倍数または不規則な値」です。これに対して、「宝石サンゴ」などの「八放サンゴ綱」は、ポリプの触手の数が8本です。
 このように、同じく「サンゴ」と呼ばれる生物であっても、「造礁サンゴ」と「宝石サンゴ」は分類上、全く別の生き物なのです。

■褐虫藻に頼らず、深海でも暮らせる

 両者は体の形だけでなく、その暮らしぶりも大きく異なっています。造礁サンゴはその体内に、微細な藻類である「褐虫藻」を共生させています。褐虫藻は、太陽の光を浴びて光合成をし、栄養を作り出します。造礁サンゴは、その栄養をもらって生きているので、光がよく届く浅い海底に多く分布しています。

太陽の光が差し込む浅い海に広がる造礁サンゴ=豪グレートバリアリーフ、山本智之撮影

太陽の光が差し込む浅い海に広がる造礁サンゴ=豪グレートバリアリーフ、山本智之撮影

 これに対し、宝石サンゴは体内に褐虫藻を共生させていません。このため、光合成ができない環境条件でも暮らすことができ、ほとんど光が届かないような深海にも分布しているのです。日本の宝石サンゴの産地は高知県、沖縄県、鹿児島県が中心で、小笠原諸島や長崎県、和歌山県、愛媛県でも採取が行われています。

■最新研究で裏付けられた成長スピード

 2023年6月、宝石サンゴに関する新たな研究成果が発表されました。日本近海に分布する宝石サンゴの成長速度を最新の研究手法で分析したもので、科学誌「Frontiers in Marine Science」に論文が掲載されました。
 海洋生物環境研究所と産業技術総合研究所、立正大学の研究チームは、日本近海の宝石サンゴについて、その成長速度を「鉛210法」という手法で算出しました。「鉛210」というのは、自然界にもともと存在する放射性物質の一種です。
 放射性物質が「壊変」を繰り返し、もとの数の半分になるまでの期間を「半減期」といいますが、「鉛210」の半減期は約22年であることが分かっています。この性質を利用して、年代を測定するのです。

■「大人の小指」の太さになるまで40~70年

 研究チームは、宝石サンゴの硬い「骨軸」をスライスし、そこから取り出したサンプルを詳しく分析しました。宝石サンゴの体の中で、鉛210の濃度分布がどのようになっているかを調べたのです。その結果、アカサンゴが太くなる速さ(肥大成長速度)は、年間0.21〜0.36ミリであることが分かりました。この数字は、アカサンゴが大人の小指ほどの太さに育つには、40〜70年もの歳月が必要であることを示しています。モモイロサンゴは年間0.36ミリ、シロサンゴは年間0.36〜0.60 ミリでした。

アカサンゴ(左)とモモイロサンゴ(右)=いずれも岩崎望・立正大学教授提供

アカサンゴ(左)とモモイロサンゴ(右)=いずれも岩崎望・立正大学教授提供

■実海域での調査データと一致

 研究チームの岩崎望・立正大学教授らは昨年、実際の海で宝石サンゴの成長速度を調べた調査結果を論文に発表しています。この研究は、高さ十数センチのアカサンゴの群体を鹿児島県・竹島沖の水深135メートルの海底に沈め、2005年から2013年にかけて約8年間飼育し、どのくらい成長するか調べたものです。
 この調査で得られたアカサンゴの肥大成長速度は年間0.37mmでした。この値は、今回の研究で示されたアカサンゴの成長速度とほぼ一致するものです。こうして「答え合わせ」ができたことで、サンゴの成長速度を「鉛210法」で調べる手法の有効性が確認されたといいます。

■研究結果を保全に活用へ

 最新の研究によって、宝石サンゴの成長速度が非常に遅いことが、改めて確認されました。岩崎さんは、今回明らかになった成長速度のデータを、鹿児島県・奄美大島近海のアカサンゴにあてはめて計算し、資源が回復するまで採取を控える「モラトリアム」の期間について、「12年から24年が必要になる」と指摘します。
 宝石サンゴは長年の過剰な採取で数が減ってしまいました。アカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴはいずれも、環境省が2017年に公表した「海洋生物レッドリスト」に、絶滅危惧種になる可能性がある「準絶滅危惧」(NT)として掲載されています。
 岩崎さんは「今回の研究で得られた成長速度の数値を今後、宝石サンゴの保全や資源管理に活用していく必要がある」と話しています。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。