2022年12月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第22話 古代魚シーラカンスを追う
■4億年の時を経た「生きた化石」
「生きた化石」と呼ばれる生物には、節足動物のカブトガニや棘皮動物のトリノアシなど、さまざまな種類がいます。その中でも、生物学の歴史にとりわけ強烈なインパクトを与えたのが、古代魚の「シーラカンス」です。
恐竜が絶滅したのと同様に、すでに地球上から姿を消した魚だと長年考えられていたシーラカンス。ところが、1938年に南アフリカの沖合で、生きた個体が見つかったのです。
シーラカンスは、大きなものになると2mを超す巨大魚です。体は硬い鱗に覆われていて、ひれの根元に「柄」のような部分があります。生息場所は、主に水深150~700mの岩礁域の海底です。
■インドネシアの海にもいた
アフリカ沖でのシーラカンスの生息確認は「世紀の大発見」と言われましたが、1997年、さらに驚くべき発見がありました。アフリカから遠く離れたインドネシアの海でも、新たにシーラカンス類が見つかったのです。しかも、DNAを解析したところ、インドネシアのシーラカンス類は、アフリカのものとは別の種であることが分かりました。
シーラカンスの仲間は、今から4億年ほど前に地球上に現れたと推定されています。化石では約130種類が知られ、浅い海や淡水域にも生息していたことが分かっています。そのほとんどは絶滅して姿を消しましたが、今もなお2種のシーラカンス類がひっそりと暮らしていることが明らかになりました。
アフリカのシーラカンスは「Latimeria chalumnae(ラティメリア・カルムナエ)」、インドネシアシーラカンスは「Latimeria menadoensis (ラティメリア・メナドエンシス)」という学名が、それぞれつけられました。進化の過程でこの2つの種が枝分かれしたのは、今から約3500万年前と推定されています。
ちなみに、「ラティメリア」という属名は、シーラカンスの発見に貢献した南アフリカの博物館学芸員、ラティマーさんの名にちなんでつけられました。
■日本の水族館が大きな成果
福島県いわき市に2000年にオープンした水族館「アクアマリンふくしま」は、シーラカンスの生息地での調査に力を入れ、様々な成果を挙げています。これまでに、水中ドローンを使った調査を計1173回行い、このうち30回でシーラカンスに遭遇。2009年には、インドネシアのスラウェシ島で、全長がまだ約30㎝しかないインドネシアシーラカンスの幼魚の姿を撮影することに成功しています。
さらに、翌2010年の調査では、インドネシアシーラカンスの生息域が、それまで知られていたスラウェシ島以外の場所にもあることを突き止めました。
■残された謎の解明めざす
フランスやオーストラリアの研究チームは2021年6月、アフリカ沖で捕獲した27匹のシーラカンスの鱗を分析して成長スピードなどを推計し、「シーラカンスの寿命は100年前後」との研究結果を発表しました。このように、シーラカンスの生態を探る調査・研究は、いまも国内外の研究者たちによって、様々な形で続けられています。
『生きているシーラカンスに会いたい!』(新日本出版社)などの著書があるアクアマリンふくしま飼育展示統括部長の岩田雅光さんは「シーラカンスの生態は、いまだに謎が多い。たとえば、オスとメスがどうやって出会って子孫を残すのかも、よく分かっていない」と話します。
近年は、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響で、生息地でのフィールド調査が思うように進んでいないそうですが、感染が収束して調査が再開し、新たな発見がもたらされることを期待したいと思います。
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。