2022年9月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第19話 ウミホタルの輝き
■小さな甲殻類
今年、ぜひやってみたいと思っていたことの一つが、ウミホタルの採集です。神秘的な青い光を放つ「発光生物」として有名ですが、実際に光るようすを自分の目で確かめたくなりました。
ウミホタルは、成長しても3ミリほどの小さな甲殻類で、分類上は「貝形虫綱」に属します。ミジンコに似た姿をしていますが、ミジンコは「鰓脚綱」なので、綱のレベルで別グループの生きものです。
ウミホタルの体は、二枚貝のような透明な殻に包まれています。黒い点のようにみえるのは「複眼」です。
■夜の三浦半島へ
ウミホタルは、国内各地に分布し、浅海の砂地に生息しています。東京湾アクアラインには「海ほたる」という名称のパーキングエリアがありますが、実際のところ、東京湾にもウミホタルはすんでいます。たとえば、東京湾に面した千葉県館山市の海岸は、ウミホタルの観察スポットとしてよく知られています。
今回は、三浦半島の海岸に行きました。採集の方法は、観音崎自然博物館(神奈川県横須賀市)の山田和彦学芸部長に御教示をいただきました。
ウミホタルは昼間は砂の中に潜っていて、夜になるとエサを探して泳ぎ回ります。このため、採集は夜間に行います。
■ガラス瓶で採集に挑戦
ガラス瓶を使ってウミホタルを集めるのですが、中に入れるエサは豚の生レバーです。瓶にはプラスチック製の蓋があり、その天井部分に直径5ミリの穴を20個ほどドリルであけておきます。エサのにおいにつられたウミホタルが、蓋の穴から瓶の中に入るしくみです。
この瓶を長さ10メートルのロープに結び、夜の海に投げ込んで10分間じっと待ちます。1瓶に1匹しか入らないこともありましたが、多いときには数十匹、まとまって捕獲することができました。
■青く光った!
捕獲したばかりのウミホタルを数匹、手のひらに乗せて、指で軽く触れてみます。すると、青い光がパーッと広がりました。予想していた以上に、しっかりとした強い光です。
ウミホタルの発光には、敵に襲われたときに光で威嚇したり、敵の目をくらませたりといった役割があると考えられています。
ホタルやウミホタルなど、発光生物のほとんどは「ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応」によって光ります。
「ルシフェリン」は、酸素と結びついて光を出す「発光基質」。一方、「ルシフェラーゼ」は、この化学反応を促す「酵素」です。
ウミホタルは、ルシフェリンとルシフェラーゼを同時に放出することで、化学反応を起こし、青い光を出します。
■ホタルとは異なる化学物質
ホタルもウミホタルも「ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応」で光る――。そう聞くと、よく勘違いしやすいのですが、この2つの生物は、同じ物質を使って発光しているわけではありません。
具体的には、ホタルのルシフェリンに、ウミホタルのルシフェラーゼを加えても、化学反応は起きず、光らないのです。なぜなら、「ホタルルシフェリン」と「ウミホタルルシフェリン」は、化学構造が異なる物質だからです。
つまり、「ルシフェリン」も「ルシフェラーゼ」も、一つの化学物質を表す名前ではなく、同じような性質をもつ物質の‘総称’にすぎないということです。
■水槽で飼育、エサは「釜揚げしらす」
捕獲したウミホタルは、すぐに海に戻しても良いですし、水槽で飼育することもできます。基本的には海水魚と同じ道具で飼育できるのですが、海水を濾過してきれいにするフィルターには少し工夫がいります。というのも、ウミホタルは体がとても小さいので、通常の濾過装置だと吸い込まれてしまう恐れがあるからです。
私は、ペットボトルの底を切り取って砂を入れ、そこに、金魚の飼育で使う小型の濾過装置を埋め込むことで、ウミホタル用の濾過システムを自作しました。
エサは、1日に1匹だけ「釜揚げしらす」を与えます。夜になると、砂の中などに潜んでいたウミホタルたちがゆらゆらと泳ぎ出てきて、しらすの表面に集まる様子を見ることができます。
神秘的でどこか遠い存在だったウミホタル。実際に採集し、飼育してみることで、‘身近な海の生きもの’のひとつであることを実感できました。
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。